自分を受け入れるための戦争:『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』レビュー
ありのままの自分を探し、その本当の自分自身を、自分で受け入れてやることは、ほとんど一生がかりの闘いだと思う。
受け入れたいはずの自分が、「ふつう」とは違う形をしていれば尚更だ。
自分が何者であるのか悩み、「ふつう」でない自分の形を持て余して苦しむことになる。
場合によっては、「ふつう」でない自分が嫌いになり、自罰的になって、自分で自分を差別してしまう。そうして、自分がすり減っていってしまう。
そんな苦しみを抱えている人は多くいるはずだ。
『実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。』は、「マゾヒズム」の性的嗜好を持つ作者の、エッセイ漫画だ。
幼い頃から男性に暴力を振るわれたいという強い欲望を持っている作者が、初めて恋に落ちるまでを描いたのが、第1巻の内容になる。
実録 泣くまでボコられてはじめて恋に落ちました。(1) (BUNCH COMICS)
- 作者: ペス山ポピー
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2018/04/09
- メディア: コミック
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特筆すべきは、作者のひたむきさだろう。
頭では暴力を否定し、「変態」である自分を「気持ち悪い」と感じている作者は、それでも自分で自分を受け入れるため、他人からボコられるために動き始めるのだ。
冒頭で「私ボコられたい! 絶対あきらめない!」と宣言する作者の顔は、とても明るく、希望に満ちている。
辛く苦しいはずの作者の闘いは、一貫して前向きに描かれている。
受け入れがたい自己を抱えている人にとっては、とても勇気づけられる漫画だと思う。
しかし、作者が受け入れようとして闘った結果、現れてしまった自分自身の「本質」は、作者が当初予想したものよりもはるかに複雑で、暗く、向き合うのに強い痛みを伴うものだった。
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ここから先は、人によってはネタバレに感じる人もいるだろうから、これから真っさらな状態で読みたいと思っている人はブラウザバックした方がいいだろう。
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1巻の後半で立ち現れる作者の「本質」こそが、このエッセイ漫画の核だろう。
作中でいろいろあった結果、尻フェチでもある作者は、ペニバンで男性を掘り、処女よりも先に童貞を捨てることになるのだが、このペニバンをきっかけにして、作者は本当の自分を発見してしまう。
それは、性自認がゲイ男性である自分の発見だったのだ。
作者はペニスバンドを着けた自分の姿を見て、
「私 これ めっちゃ似合ってるな!!」
と思うのだ。
それは、長年感じていた自分の身体への違和感からの解放だったのだろう。
そして作者は、自分の「本質」は「マゾヒズム」ではなく、「違和感ある自分の身体を暴力によって否定すること」であると気が付くのだ。
ペニスバンドという鍵によって
長らく封印されていた私の自意識の扉が開かれた
簡単に言うとゲイのマゾヒストの男性が
女の肉体を持ってこの世に生まれてきた
おそらくそれが私
(中略)
そして そういう
性的嗜好にしろ
性自認にしろ
そういったズレに端を発する自己嫌悪が
罪状となって積み重なり…
私は私の手で
自分を投獄するに至ったのかもしれない
(中略)
嫌で嫌で仕方ない
肉体
受け入れられない肉体を
暴力で壊す
私は自分の女性性を暴力で壊そうとしているのではないか
想像するだけで胸が締めつけられるような、受け入れるのがとても難しい自己だ。
これを受け入れるのには、想像を絶するような苦痛があるかもしれない。
しかし、そんな厄介な自己を抱えていた作者が、初めて恋に落ちるのだ。
二十年以上もがき続けて、やっと好きな人を見つけることができるのである。
その恋は、作中で言われているように「奇跡」なんだと思う。
けれど、自分はその「奇跡」は、作者が前向きに行動し続けたからこそ、自分自身と必死に向き合い続けたからこそ得られた「必然」でもあると思っている。
作者が長い長い闘いの末に得られた、一つの勝利だと思う。
「ふつう」とはかけ離れた恋の形かもしれないが、とても美しい形の恋だと思う。
作者の恋がこれから一体どうなっていくのか、2巻を今から心待ちにしている。
自分は、自分に向き合い続ける作者を、明るく闘い続ける作者を、そして闘いの末に得られた作者の恋を応援したい。