「serial experiments lain」のしおり
今は昔、大学に入ってからはじめてserial experiments lain を観た僕は、もの凄い衝撃を受けた。「こんなアニメがあるのか」と心から思った。
興奮した18歳の僕は、みんなにもこのアニメを知ってもらいたい! と思い、サークルで上映会をやることを決意した。
決して分かりやすいとは言えないアニメ、「なんだかよくわかんなかったね」みたいな感想を持たれたくない、と思った僕は、上映会にあたって、登場人物と用語の紹介をした「『serial experiments lain』のしおり」と題するレジュメまで作った。A4で5ページもあるレジュメだ。気合がすごい。
レジュメを参加者全員に配り、万全の準備で迎えた上映会だったが、上映後は「これみんなでみるアニメじゃないね……」みたいな感想が出たのを覚えている。当時は若かく、自分の興奮を客観的に見ることができていなかったんだと思う。
その当時の「『serial experiments lain』のしおり」を発掘したので、ブログに載せてみようと思う。今読むとツッコミどころもけっこうあるし、「あれを言っておけばよかったのに」と思うこともたくさんあるけれど、読み返して気づかされる点も多い。まあ、大学一回生が作ったものならこんなもんかな、という気がする。
というわけで、せっかくなのでほぼそのままのものを公開。十代の自分の熱の記録でもある。
(※かなりネタバレしてます)
「serial experiments lain」のしおり
登場人物
- 岩倉玲音
本作の主人公。内気な14歳。瞳孔は常にガン開き。ワイヤードに偏在していた人間の意識の集合が自我を持ったもの。統合失調症の様に描かれている。
- 岩倉康男
玲音の仮の父。NAVIオタク。
- 岩倉美穂
玲音の仮の母。無表情で怖い。
- 岩倉美香
玲音の仮の姉。精神に異常をきたし、モデムのようなものにされちゃう。
- 瑞城ありす
玲音の親友。優しい性格で、玲音を心配してくれる。
- 四方田千砂
自殺した女の子。
- タロウ
クソガキ。
- ナイツ
ワイヤードで大きな影響力を持つといわれる算法騎士団。ワイヤードの神を信仰し、情報操作やハードウェア・ソフトウェアの開発を行っていた。「たった一つしかない真実を、事実にする為に 闘っている」。物語の終盤で大半が始末されてしまった模様。構成員はCAT、DUKeなど。
- ネズミ
ナビを背負った小汚い男。ナイツに入ろうとするが、ナイツによって始末されてしまう。
- カール・ハウスホッファ
謎のゴーグル男その1。背が高いほう。
- 林随錫
謎のゴーグル男その2。
- 黒沢
橘総合研究所の男。ハウスホッファたちのクライアントであり、英利政美の事件を収拾するかのようにみせかけて英利に協力していた男。
- 英利政美
ワイヤードの神を名乗る男。元々は第7のプロトコルを開発しようとしていた橘総合研究所の研究員。人間の個としての存在を否定しようとするが、玲音に打ち負かされ、冴えないサラリーマンになってしまう。
用語集
◇ワイヤード
この作品内での情報ネットワークのこと。
◇リアルワールド
ワイヤードに対しての現実世界。でも、現実世界ってなんだ? 玲音は言う。「リアルワールドなんて、ちっともリアルじゃない」
◇ナビ(NAVI)
パソコンやケータイなどの汎用情報端末の作品内における総称。
◇アクセラ
一種のドラッグで。ある種の周波数を出し、ホルモン分泌を促すことで時間の感覚に影響を与え、意識が「加速」したように感じさせる効果がある。
◇サイベリア
昼はネットカフェだが、夜はクラブとなるお店。サイゼリヤより民度が低い(偏見)。ダグラス・ラシュコフによる書(翻訳は大森望だ!)の名前で、サイバネティクス/サイバーパンクのcyberとシベリアのSiberiaを合わせた造語で「電脳領域」くらいの意味のよう。ラシュコフによれば、モデムを通じて簡単にアクセスできるのがサイベリアだが、ドラッグによるトリップ等によってもサイベリアに到達できるのだとか。
◇PSYCHE (プシュケ)
プロセッサ(中央演算処理装置)の一種。メインプロセッサにコネクトすることでナビの性能を飛躍的に上げることができる。名前は古代ギリシア語から来ており日本語では「「魂」等を指す概念。
◇ファントマ(PHANTOMa)
ダンジョン型RPGゲーム。セキュリティ・ホールに致命的なバグがあり、プレイヤーの意識がゲーム内に取り残される事故がしばしば起きている。ゲーム内に取り残された人は人形を持った少女に追いかけられたりする。
◇メタファライズ
作品内ではワイヤード上の仮想空間に自らの姿を現出させることを言う。チェシャ猫気取りの口が「ここでは耳だけのやつのほうが多いんだぜ」と言うのは、情報を発信できる者が少ないということか。
◇人類ネオテニー説
ネオテニー(幼形成熟)とは性的に成熟しながらも幼生・幼体の性質が残ること。
人類ネオテニー説は1920年にL.ボルグが提唱した仮説で、顔が平たく体毛が少ない等ヒトがチンパンジーの幼形に似ていることから、ヒトをサルのネオテニーとするもの。ヒトが、親もとを離れ成熟するまでに他の霊長類よりもはるかに長い期間を要するため、サルの幼年時代が延長された結果ヒトという幼形の性質を多く残した生物に進化したと考えるのである。また、成熟するまで長い期間がかかることにより大人として完成するまで学習・習熟の機会が多く与えられるので、ネオテニーたるヒトは知性が高くなったとされる。
作品内での「ネオテニーたる人類はもう進化しないとする学説」が何かはわからないが、生物としての柔軟性・可変性が高いので進化しないでも適応ができるのがヒトと唱えている学説なのだと思われる。
◇預言を実行せよ
岩倉美香を狂わせた言葉。「予言」ではなく「預言」なので神から預かった言葉。「冥府は溢れている、死者共は行き場を失うだろう」という預言も。
◇KIDS (キッズ)
ホジスン教授が 15 年前に研究していたKIDSシステムのこと。たいていの子供がごく微弱ながら持っている超心理的な能力サイ(psi)をアウターレセプター(頭を覆ってるやつ)によって束ね、黒い箱に集める。 人と人とをつなげ、脳の一部の機能を肥大させるシステム。これを用いてホジスン教授が行ったのがケンジントン実験。脳のシナプス構造の類似として子供の脳同士を繋げたのだと考えられる。
◇MJ-12(マジェスティック・トゥエルヴ)
宇宙人に関する調査や、宇宙人との接触や交渉を秘密裏に行ってきたとされるアメリカ合衆国政府内の委員会のこと。「ムー」臭がハンパない。
MEMory EXtender、すなわち記憶を拡張させるものの意。ヴァニヴァー・ブッシュによって提唱されハイパーテキストの元となったシステム。ブッシュが想像したメメックスは、個人が所有する全ての本、記録、通信内容などを圧縮して格納できるデバイスで「個人の記憶を拡張する個人的な補助記憶」を提供するもの。
◇アイソレーションタンク
被験者に対する外部からの刺激をできる限り遮断する箱。人間感覚が遮断されたらどうなるのかを立証するためにアメリカの脳科学者ジョン・C・リリーが考案。この部屋の液体に浮かんだ人間は、視角、聴覚、温覚をほぼ完全に、重力によって生じる上下感覚をある程度まで遮断される。リリーはLSDでトリップしてこのタンクに入ったりしていたようで、「精神の内面の世界が増幅され、極彩色の色彩や前世体験、宇宙へ飛び出す」と述べている。また、アイソレーションタンクに入ったままLSDを服用することによって地球暗合統制局(ECCO)と呼ばれる存在に遭遇したと主張している。この体験を述べた『バイオコンピューターとLSD』とかいうヤバそうな本があるらしい。
◇ECCO/ Earth Coincidence Control Office
ジョン・C・リリーがLSDをキメながらアイソレーションタンクに入ったことでコンタクトしたとかいう地球外存在――地球暗合統制局のこと。ちなみにcoincidenceなので「暗号」ではなく「暗合」。
◇ザナドゥ計画
1960年にテッド・ネルソンによって創始された世界初のハイパーテキストプロジェクト。2014年に開発開始から54年間を経てプロジェクトの成果物であるソフトウェア「OpenXanadu」がリリースされた。ザナドゥにはWorld Wide Webには無い利点があり、次世代のハイパーリンクとして普及する日が来るかも(来ない)。
ネルソンは全ての出版物を電子化して人工衛星を含むサーバーに収め、そのデータ間において双方向的なハイパーリンクが張り巡らされることを構想していた。軌道上に巨大な電子図書館を打ち上げることで、地球上のどこからでも通信できるデータベースを作り、自在に情報にアクセスできるシステムを構築しようとしたらしい。ここでのザナドゥの元の意味は「桃源郷」。
◇シューマン共鳴
地球と共鳴する長周波電磁波。かなり胡散臭いが、CiNiiで検索すると50近い論文がヒットする。この作品内では「集合的無意識」と同一視される。生物が太古から浴びてきた電磁波だから生物に何らかの影響を与えているのでは、と言われたり言われなかったりしているみたいだが、このあたりは疑似科学っぽい。
◇ミーム
定義はいろいろだが、人から人へとコピーされていく情報を指す。生物を形成する情報である遺伝子の類似から生まれた概念で、文化を形成する情報のこと。リチャード・ドーキンスが『利己的な遺伝子』の最終章で提示した概念。文化も淘汰圧の作用を受けると考える点において、ネオダーウィニズム的。
脳の神経回路の仕組みを模した数学モデル。シナプス結合された人工ニューロンによってコンピュータに学習能力を持たせ、様々な問題を解決するためのアプローチ。
作品内の「地球規模のニューラルネットワーク」は一個人を一つの神経細胞(ニューロン)に見立てて、それらを繋ぎ、地球全体を一つの脳にするもの。
人造人間のこと。英利政美いわく、玲音は人工リボソームによって生み出されたホムンクルスである。この人工リボソームは橘総研が開発したものらしい。玲音の瞳孔がガン開きなのは人造人間だからだと思われる。
DNAの情報がメッセンジャーRNA(mRNA)に転写されたのち、翻訳(mRNAの遺伝情報を読み取ってタンパク質へと変換する作業)が行われる場。
◇偏在
玲音は世界に偏在する存在となるが、これは「ユビキタス」という語が「神はあまねく存在する」という意味の宗教用語から来ているところから発想されたものではないだろうか。日本で「神の遍在」と言うと汎神論的な解釈になりそうだが、作品内では「ゼウス的」な唯一神に近いものだろう。SFマガジン2011年6月号に掲載された関竜司による批評「玲音の予感」は本作品とキリスト教を関連付けたものであるが、「ゼウス的存在」と言っている以上「隣人愛」まで持ち出してくるのはちょっと牽強付会のきらいがあるように思う。
◇プレゼント・デイ……プレゼント・タイム……hahahahahaha!
「今日この日、今このとき」なんてあると思ってんの? ということだと思われる。人間の「現在」の認識が記憶に依っているというのはちょっと『酔歩する男』に似てるかも。玲音は記憶を操作できるようになったわけで、つまり時間(感覚)も操作できるということだろう。