あなたは「エッチな小説を読ませてもらいま賞」を見届けたか
あなたは先日の文学フリマ東京で、「ラブホテル」と書かれたTシャツを着た人物がピンク色をしたハートラミネ加工の表紙のアンソロジーを頒布していることに気がついただろうか。
そう、その人物が頒布していた同人誌こそ『エッチな小説を読ませてもらいま賞 受賞作品アンソロジー ~さあ、エッチになりなさい~』である。
あなたは見届けただろうか。
【エチ賞 委託・通販情報(5/28)】
— はこびてゃ(鴨川エッチ研究会・Crazy Gal Orchestra) (@violence_ruin) 2023年5月28日
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「エッチな小説を読ませてもらいま賞」は「自分がいちばんエッチだと思う小説」うを募り、それを審査員が独断と偏見によって選ぶ、という賞だ。
https://twitter.com/violence_ruin/status/1612464336701894659?s=20https://twitter.com/violence_ruin/status/1612464336701894659?s=20
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「エッチな小説」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか。
ほとんどの人は官能小説のようなものを思い浮かべるのではないかと思う。
しかし、「エッチ」は官能だけに留まらない。
「自分がいちばんエッチだと思う小説」な小説を書くという試みは、性的でないものを含め、自分が何に芸術的な「エッチ」を感じるのかと向き合い、それを他者がどう捉えるかと向き合う営みになるだろう。
そうした賞ができたことは素直に嬉しかった。
審査基準が「審査員の独断と偏見」だというのもいい。なにが「エッチ」かは文化や価値観によってとらえられ方が変わる難しい題材だし、「独断と偏見」だと前もって言ってくれていたほうが自由に自分のエッチがぶつけられるだろう。
あとになって指摘を受けたことだが、性癖や嗜好はおろか読者すら絞っていないエッチな小説の賞というのは、あまりない。(中略)先行例と比べたときの特色はおそらく、その間口の広さであろう。審査員に刺さるかどうかはわからないけれどエッチだと思うなら何でも応募してよし、というコンテストは、実は珍しい試みだったのではあるまいか。
『エッチな小説を読ませてもらいま賞 受賞作品アンソロジー ~さあ、エッチになりなさい~』総評より
審査員の顔ぶれを見ても、安心できる。
少なくとも、マジョリティの性欲を肯定し、マイノリティの性欲を疎外するような賞には絶対にならないだろうと思える。
実際、審査員の一人で、先日「翻訳SFアンソロジー 結晶するプリズム」を編集した井上彼方氏のあとがき「エッチな小説コンテストを安全に開催するために」では読者や編者への配慮に留まらず、投稿者への加害が起こらないよう気を配った経緯が書かれている。
そうした安心感が功を奏したのか、この賞には113編もの応募があったのだそうだ。
きっと、みんな安心して自分の思う「エッチ」をぶつけることができる場所を求めていたのだと思う。
それだけ、この企画は稀有だし、奇跡的なバランスのうえにたまさか成り立った「エッチ」の伝導だったのだと思う。
自分自身も、安心して、無邪気に「エッチな小説」を読むのを楽しみにすることができた。
そうして刊行された『エッチな小説を読ませてもらいま賞 受賞作品アンソロジー ~さあ、エッチになりなさい~』はやはり素晴らしいものだった。
白眉はやはり大賞のワライフクロウ作「煙滅」だろう。
アイデアのエッチさもさることながら、そのワンアイデアで押し切らない筆力があった。
キッチュなグロテスクさと、語り手の独りよがりな陶酔を描いていながら、それがほとんど嫌味にならず、豊かな酸味のようなものを感じることができた。
また、短い描写ながら、一場面の刹那的なエッチに留まらず、時間の奥行があったのもこの短編をエッチたらしめている所以だろう。収録作のなかで一番エッチの持久力があったものは間違いなくこの「煙滅」だった。
個人的に好みだったのは巨大健造作「したをかむ」。
(1)と(2)の二つの世界に鏡映しのような存在が住む構造は、設定自体がオメガバースのような「エッチ」さがあった。
子どもの目線で語られているのもポイントだ。少し大人の認識とは異なった歪んだ目線からの描写で、描かれる行為はエッチなのに不思議な爽やかさがあった。
子どもの目線であることを考えると、これが架空の世界なのかもわからなくなってくる。最後の方に出てくる現実の出来事との接続はそれを予感させるし、現実世界にも(1)と(2)のような構造は溢れているからだ。
選考では(1)(2)の描写がこの世界を記述する最適解なのかを疑問視する声もあったとのことだが、自分はしっくり来た。
子どもが歪に抽象化した世界なのかもしれない。そう考えると、(1)(2)小学校の学習プリントでよくみた記号のようにも見えてくる。
審査員の方々の文章もとても良かった。
前述の井上彼方氏の「エッチな小説コンテンストを安全に開催するために」は一同人誌作成者として非常にためになった。
橋本輝幸氏の論考「エッチな小説が人々に愛と勇気を与える ――作家チャック・ティングル紹介」も非常に読み応えがあった。
英語圏のこうした現代小説を巡る動向について、これだけの深度で日本語の紹介が書ける書評家を、自分は橋本氏以外に知らない。