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森達也『FAKE』感想

 

 白か黒かという二項対立的な発想が嫌いだから、この映画をつくったわけです。だから結果として、「白と黒」が「黒と白」になりましたじゃ意味がない。(中略)
 だからそれを見て、この映画が全部フェイクだったのかと思う人がいてもいいんだけど、少なくとも「白と黒」でも「黒と白」でもない、グレーの部分に誘導することができたんじゃないかと思います。

 ドキュメンタリー映画『FAKE』監督・森達也さんインタビュー|通販生活®

 

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 京都シネマで『FAKE』を観てきた。

 ずっと観たかったのだが、上映館が少ないこともあり公開終了ギリギリになってしまった。

 劇場で観ることができて本当に良かった。

 というのも、このドキュメンタリーは劇場で公開されてはじめて完成するような、そういう側面を持っているように思うからだ。

 もうほとんど上映は終わりかけているけれど、できたら劇場に足を運んで観たほうが、ずっと楽しめるように思う。

劇場情報|映画『FAKE』公式サイト|監督:森達也/出演:佐村河内守

  そういうわけで、ここでも極力ネタバレは避けようと思う。

 

 

 この映画を「森達也の15年ぶりの新作だから」という理由で観に行く人はどれくらいいるのだろうか。

 森達也の名前よりも、佐村河内守の名前のほうが、一般にははるかに広く知れ渡っているだろう。やはり佐村河内の騒動に関心があった人が大半なのだろうか。

 

 僕は、佐村河内守の名前は騒動が起こるまで全く知らなかったし、今もその騒動やその顛末についてはほとんど関心がない。

 それでも、森達也佐村河内守を題材にしたドキュメンタリーを撮っているというニュースを聞いたとき、この映画は観なくちゃな、と思った。

 なぜか。

 森達也の関心は常に現代社会にあるからだ。

 『A』、『A2』も、オウム真理教の信者を被写体にしながらも、常に撮ろうとしたのはその周囲の社会だった。オウム真理教という媒介を通して見えてくる、現代社会の側面が映された映画だった。

 

 現代社会は多様性を認めにくくなっていないだろうか。やさしさを、冷静さを失っていないだろうか。人の苦しみに鈍感になっていないだろうか。一つの観方に満足してはいないだろうか。

 考えることを停止してしてはいけない。

 世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい。

 それが、森達也が映像作品・著作を通じて繰り返し伝えてきたメッセージだった。

 

 啓蒙的なところにはちょっと辟易する部分もあるし、政治的に同調できない部分もあるけれど、このメッセージに共感しているか、『FAKE』も観ようと思った。

 

 

 だから、本作『FAKE』も、佐村河内守は媒介にすぎず、森達也が本当に撮りたいのは社会の方なんだろうと思っていた。

  つまり、

 佐村河内守を悪(というかいくらでも虐めて良い対象)と決めつけて、社会は思考停止に陥っていないだろうか、

 いくらでも虐めていい対象として、相手が生の人間であることを忘れていないだろうか、

 小保方晴子がそう、野々村議員がそう、ベッキーがそう、ショーンKがそう、舛添元都知事がそう、虐めて良い対象を作って私刑を加える傾向がどんどん強まっているんじゃないか、

というのが森達也が本作を通じて伝えたいことなんだろうな、と観るまではそう思っていた。

 

 この予想は、良い意味でも悪い意味でも裏切られることになった。

 社会サイドが画面にほとんど映っていないのだ。

 どうしてかと言うと、佐村河内守が家に引きこもっていて全く外へ出ようとしないからなのだけど。

 その意味では、『A2』の方がドキュメンタリーとしての完成度は高いように思う。

 しかし、劇場で実際に観てみて、社会は映っていないけれども、森達也が扱おうとしていたものが眼前にあることに気が付いた。

 

 ネット上の感想にも、こんなものがあった。

 

また、映画を観る場所も、DVDが出るまで待つ手もあるのだが、劇場で観て、本当に良かったなと思った。この映画の最中、「笑い」が観客から起きる。ただ、その笑いはコメディシーンの笑いとは、全く違うものだ。自分の罪悪感を晴らすかのような、わざとらしい笑いが起こっていた。この劇場体験は、私は初めてだった。

映画「FAKE」(森達也監督)の感想・レビュー/「ネット炎上」について - 会社員のための雑学ハック

 

 そう。こうした劇場の反応こそが、この映画を劇場で観ることをおすすめする理由だ。

 

 森達也はこういう反応を逆算してこのドキュメンタリーに着手したのだろうか。もしそうなら、まぎれもない天才だと思う。