今週の海外短編:Rebecca Campbell "An Important Failure" ,Andrew Dana Hudson & C.Y. Ballard ”Your Mind is the Superfund Site”
毎週土曜日の夕方にその週に読んだ短編からいくつか選んでを紹介していく試みシリーズ。
Rebecca Campbell "An Important Failure" (Clarkesworld Magazine)
レベッカ・キャンベル「ある大きな失敗」
あらすじ:楽器職人である主人公メイソンは、天才少女デルガドに出会い、至高のバイオリンを作ろうと決意する。材料のために国立公園の大木を切ったり数々の犯罪を犯しながら、最高の音に執着して理想の木を追い求めるメイソン。しかし、時は無情にも過ぎていき、年月とともにデルガドも才能の輝きを失っていくのだった。
かなり面白かった。ストーリー自体はシンプルで、美しいものに執着する男がいろいろなものを犠牲にバイオリンをつくろうとするだけ。素晴らしいのは時が過ぎていくにつれて次第に失われていく輝きと、そのなかでも最後まで残る美しさの描写だ。
話が進むにつれてメイソンもデルガドも老いていってしまい、そこに通奏低音として山火事、洪水、病原菌などといった世界の悪化が加わる。舞台は2020年代から数十年くらいの近未来カナダで、バイオリン製作しか頭にないメイソンの視点で進むせいで世界の悪化は霞んでるが、かなりカタストロフィックな状況になっているはず。若さが失われ、世界も次第に劣化するなかで、それでも失われない美しさに心を打たれた。
カナダの自然の、匂いと音に溢れた豊かな描写や、主人公たちのヒッピーっぽい生活の描写もいい。
Andrew Dana Hudson & C.Y. Ballard "Your Mind is the Superfund Site" (Lightspeed Magazine)
アンドリュー・ダナ・ハドスン&C・Y・バラード「マスコット意識汚染(あなたの意識は汚染地帯になっている)」
あらすじ:不眠症に悩まされる人が急増するボストン。住民たちは、企業のマスコットたちが出現する悪夢を見ていると言うのだ。主人公のトレーシーと“半覚醒師”アリーヤのタッグは、住民たちの集合的無意識の世界に入って、悪夢の原因を探る。どうやらマスコットたちの影に「ブランドの王」と呼ばれる存在がいるらしいが……。
おもしろかった。これを読んだのはRikka Zineさんのツイートがきっかけなんだけど、12月のうちに読んでおけばよかったかも。
ライトスピード誌で、サイバーパンク風味でダークなユーモア満点のSF短篇"Your Mind is the Superfund Site"を読みました。アンドリュー・ダナ・ハドスンと、これがデビュー作となるC・Y・バラードの共作です。(続→)https://t.co/yebLm7OWAP
— Rikka Zine (@rikka_zine) 2020年12月24日
夢に階層があるのは映画『インセプション』っぽいし、夢の中に入ったあとは意識が混濁して自分の使命を忘れてしまいかねないところは舞城王太郎原作のアニメ『id:INVADED イド:インヴェイデッド』っぽかったり。マスコットたちのグロテスクでユーモラスな描写はニコニコ動画のMADのようなキャッチーさがありながらも、キャラクターたちが夢に出てくるロジックはRikka Zineさんも言っているようにしっかりとしたSFとしてのロジックがあり、引き込まれる。
主人公がマスコットキャラクターたちをボコボコに殺戮していくシーンが一つの見せ場なんだけど、日本人には馴染みがないキャラクターも多く、いまいちノリきれないところが悲しい。でもマスコットたちを一つ一つ調べて、アメリカの商業文化に触れながら読んでいくのも、それはそれで楽しい。読みながら調べたキャラクターたちをメモ代わりに下に貼っておいた。
スナック菓子「チートス」のキャラクター、チェスター・チーター、スケベ
M&M'sのあいつら、手足をもがれる
保険会社Progressiveの架空のセールスパーソンFlo、保険のことばっか考えてる
ネスレのウサギ
P&Gのブランドのマスコット、ミスター・クリーン
粉末ジュース、クールエイドのマスコット、クールエイドマン
シリアルのキャラクター、キャプテン・クランチ